Reach Out to Ecology

ひとりでも多くの人に、手の届くエコを。

あの頃は、溶岩石の島にいた。

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去年の今頃はまだアイスランドにいたのかと思うと、何だか気が遠くなる。

先週、しばらく前に刊行された『北北西に曇と往け』の最新刊を開きながら、そういえばちょうど1年前には、この漫画をアイスランドに向かう機上で読んでいたんだ、と気づいて、胸を突かれるような思いがした。

きっと多くの人にとって、忘れられない変化に満ちていたであろうこの1年。
わたしにとってもそれは例外ではなくて、不安定に揺れ動く日々の中で、
「あのとき行けてよかった」
「あの一週間があってよかった」
と、アイスランドの風を、光を、そこで見つめ直した自分自身の心を思い返す瞬間が、幾度となくあった。

たった一度訪れただけの異国。
その地が気づけば精神的な足場のように心の奥深く、力強く息づいていたのは、まるでそこが、はじまりの場所のように感じられたからだったのかもしれない。

剥き出しの大地に、身ひとつで向き合うように五感を揺さぶられる実感が。
吹き荒れる強風にすべての雑念を吹き払われて、自分の中に深く根差す問いを、新しく見つけ直すような驚きが。
あの時間があったから、きっと生きてこられた。

実際、あの旅の中で、そして旅を終えた時間の中で得た気づきや物思いは、その後の一年を過ごす中で何度も立ち返り、見つめ直すものとなった。
そう考えながら思い返してみると、あの旅はどこか、その後の一年の予習めいてもいたかもしれない。

自然のあり方も、共生のための最適解も、土地や文化が違えばそれぞれに異なるのは当然で、たった一つの簡単な答えにまとめ上げられるようなものでは決してないのだということ。

地球はどこまでも大きくて、環境保護というのは結局「地球」のためなんていう綺麗事ではなく、人間が自分自身が生き延びられる環境を守っていくための、自業自得の防衛戦なのだということ。

「おもてなし」や「思いやり」という、本来はあたたかな情に根ざす文化も、間違った方向に行き過ぎれば社会をいびつで窮屈なものにしてしまうのだということ。

「自己責任」という言葉は決して、社会問題から目をそらす免罪符にしていいものではないのだということ。

そして「子どもに生まれてきてほしい」と素直に思える社会は、子どもの「数」を増やさなければ立ち行かないような社会構造や意識を脱した先にあるのでは、という私見について。

これらは、旅に出るずっと前からわたしの中に燻っていた問いで、だから、2020年も引き続きそれらに思い巡らせていたのは、自然な流れなのだと思う。
そうした流れの中で、この1年に新しく水際立ったものを見出そうとするなら、きっと一番は、「食」というテーマへの切実さ、だろう。

思えば日々、様々なかたちで、食べることについて考えていた。
より直截にいうならば、生きることについて考えていた。
いつでも買い物に行けば食べ物が得られるという「当たり前」が失われるかもしれないこと。
飢えること。その中で生きていくということについて考えていた。

だから、今回『北北西に曇と往け』の5巻で、ラキ火山の大噴火について語られているのを読みながら、何だか、この1年のおさらいをしているような気分になった。

1783年6月8日の大噴火。
あふれた大量の溶岩流はいくつもの村を押し流し、多くの家畜は中毒死した。
成層圏まで噴き上げられた火山灰は上空で有毒の雲となりヨーロッパ全土に広がり。
日の光は遮られ、気温が下がり、農地は壊滅。
飢饉と厳寒と毒の雨で、ヨーロッパ中で多くの人が亡くなり、貧困から暴動が起こり。
そんな厳しい異常気象が3年も続いた。

日本で浅間山の噴火による天明の大飢饉が起きたのも、ちょうど同じ年。
畑に死体が山と積まれ、人が人の肉を食べ、数十万人が亡くなったという。

ヴィーガンについての議論を見るとき、私はいつも、ウルグアイ空軍機571便遭難事故の生存者のことを思い出す。
45名の乗員乗客を乗せアンデス山脈に墜落したこの航空機は、29名の死者を出したが、残りの16名は72日間に及ぶ山中でのサバイバル生活の末、生還した。
植物も動物もない、雪で覆われている山の中、彼らの命を繋いだのは、先立った仲間の肉だった。

彼らは別に、自分の命のために仲間のそれを奪ったわけじゃない。
けれどそれでも後ろめたく思う気持ち、割り切れない感情は、肉であれ草であれ、わたしたちが日々食糧を手にするときに奥底で感じるものと、本質的には地続きのものではないかと思う。

子どもの頃。
手折れば「花が痛がるでしょう」と叱られる花壇の花と、皿の上に乗っている野菜の何が違うのか。
飼育小屋の鶏と、給食の唐揚げの何が違うのか。

湧き上がる素朴な疑問を、けれど口にしてはいけない空気を察して、問うてしまえば待っている答えのない袋小路に勘付いて、少しずつ少しずつ自分の中で線引きをして、感情を波立たせずにやり過ごす術を覚えて。
そうやって段々と大人になってきた。

自分の死と、他者のそれと、どちらをどこまで許容し、どこに線を引くか。
何を食べ、何を食べないか選択するということは結局、自分に与えられた選択肢の中で、自分の心が折り合えるところに線を引いていくことなのだと思う。
そして、今の時代に飢えずに済む環境に生きているということは、その選択の自由を、より多く与えられているということなのだろう。
でもそんな自由は、いつ失うともしれない。

目の前にある何かを食べるか、食べないか。
それしか選びようのないときに、天秤の片方に自分の、あるいは自分の大切な誰かの命をのせながら、自分はどこに線を引き、どちらを選ぶのか。
考えるのはいつも、そんなことだ。

そしてこれは別に、食べることだけに限った話ではない。
物理的にも、抽象的にも、自分を生かすことは、いつだって大なり小なり、別の何かと自分を引き換えにすることにつながっている。
わたしたちが日々繰り返す「食」という営みは、ただそのことを、何よりも克明に教えてくれるもののひとつに過ぎないのだろう。

時々は、すべて手放してしまった方が簡単なのでは、と、誘惑に負けそうになることもある。
けれどその度に、これまで引き換えにしてきたものの重さと、与えられてきたものの得難さと、そして、いま手を繋ぎあっている人たちの顔を思い出す。
そうして結局は、そのときの自分になせる最善を選び続けていくしかないと、また前を向く。
めいっぱい悩んで、足掻いて、それが生きるということなんだろうな、と、諦め半分苦笑して。

何かと引き換えに何かが失われ続けるのが世界なら、それはそのまま地獄なのかもしれない。
けれど同時に、そうして消えゆくものの儚さが、そこから生まれるものの眩しさが、どうしようもなくわたしたちの胸を震わせる、苛烈な美しさを宿す自然そのものでもある。

漫画の中、ラキの火口を見渡す頂に至って、そこから見はるかす景色に圧倒される主人公たちに、ガイドは言っていた。
「噴火のあと よそへ移住した者も多い」
「それでもここに生きることを選んだ者たちの子孫が 今のアイスランド人だ」

国籍を問わず、土地を問わず。
わたしたちは皆、過去を生き延びてきた人々の子孫だ。
地獄のような、天国のような、美しく残酷な世界に生かされてきた命の残滓だ。

荒涼として勇壮なラキの火口に佇んで。
それまで楽器が鳴らなくなったことに苦しんでいたリリヤは、ラキの風に呼ばれるように、歌を思い出した。
そこから連なるように、アイスランドの大地そのもののようなリリヤの音楽とともに紡がれていく物語は、切なくて、あたたかくて、不穏で、美しくて。
自然も、生きることも、人の情も。
天国とも地獄ともつかないままならないこの世界は、だからこそ人を惹きつけて止まないのだろう。

大切な何かを思い出すように、そんなことを思った。

北北西に曇と往け 5巻 (HARTA COMIX)