Reach Out to Ecology

ひとりでも多くの人に、手の届くエコを。

スクラップ&ビルドへのモヤモヤ【『捨てない』建築について】

こんにちは、むるまです。
本日、雑誌Penの最新号を読みました。
今回の特集はずばり、『捨てない。』
このテーマ設定だけでもシビれるのに、軸になっている記事の表題が「スクラップ&ビルドではない、これからの建築のあり方」という、ここ最近わたしが気になっていた問題ど真ん中で、これはもう「読むしかない!」と、発売当初から鼻息を荒くしていました(ふんふん)。

読んでみてよかった。
素人が抱えているモヤモヤは、やっぱり業界でも疑問に思っている人がいて、しかもそこにある問題を解決しようと具体的に行動しているんだと知ることができた。
それだけで、心がとっても明るくなりました。

家には本当に寿命があるの?

わたしの中のそもそもの出発点は、日本とヨーロッパでの住宅に対する考え方の違いでした。
日本では、家は中古になった瞬間から、価値がどんどん目減りしていく。
Penによると、住宅の耐用年数は、現在コンクリートでは50年、木造では22年とされているのだそうです。

でもわたしたちは、神社仏閣、歴史のあるお屋敷や町屋など、もっとずっと古い建物が、現役でいるのを知っています。
減価償却は、あくまで市場の論理に根ざした理屈でしかない。
実際、ヨーロッパでは、建物は修繕しながら住み継いでいくというのが、今も考え方として残っているといいます。
日本では、持家の価値は年々下がっていくのに、イギリスでは、多くの住宅が年々価値を上げていくのだと聞くと、なんとも不思議な気分になります。

町屋棟梁のいた頃は

しばらく前に、京町屋について調べていたことがありました。
そのとき読んだ本で知ったことには、少なくとも京都の町屋では、それぞれの家に出入りの棟梁さんがいて、一年を通してメンテナンスをしてくれていたのだ、ということ。
そして第二次大戦前までは、古い家も古木も大切にされていて、新しい家を作るときにも古木を使うくらい、材を大切にしていたのだということでした。
その昔は、古木を商っているお店がたくさんあったのだそうですよ。


町家棟梁: 大工の決まりごとを伝えたいんや

けれどそうした価値観も、戦後の復興と高度経済成長の中で、壊れてしまった。
もったいないことだな、と思います。

「ごみ」は概念でしかない

Penの特集の中では建築の未来について、クリエイティブ・ディレクターの佐藤可士和さんと、建築家の田根剛さんの対談がありました。
その中で田根さんがおっしゃっていたことには、深く頷く部分がたくさんありました。

たとえば、「ごみ」という概念をなくすことの大切さ。
そもそも、現在では「ごみ」とされるようなものも、近代以前の社会では循環させながら活用していたわけで、そう考えると「ごみ」自体、比較的新しい概念だと言えます。
近代以降の社会では「必要なもの」と「必要でないもの」を分けて考えるようになったわけだけれど、「『必要でないもの』は地球から消えるわけではない」という田根さんの言は、正にいまわたしたちが抱える問題の本質を突いているな、と感じました。

それから、社会を「競争領域」と「協調領域」に分けたとき、協調領域を豊かにしていくこと、それによって社会全体として最適な状況をどう目指していくのか、ということの大切さ。
競争ばっかりの緊張感の高い社会では、これから先疲弊し、人も資源もすり減らされていくばかりだよな、という実感があったので、「協調領域」という言葉にはなるほど、と、自分の大切にしたかったものの輪郭が見えやすくなったような感覚を覚えました。

まとめ

戦後の時代を生きているわたしたちは、そのまま戦前や江戸時代の生き方に戻ることはできません。
けれど、高度経済成長の一時はよいものとされた、かつて新しかった価値観を、これからを生き延びるに適したものにアップデートしていくことはできます。

「ごみ」とは何なのか。
何をもって「価値」とするのか。
「新しい」ことは常に正義なのか。

疑問さえ持てば、そしてちょっと長い視野を持って歴史を見渡してみれば、気づけることはたくさんあります。
今回のPenの特集は、そんな気づきと、前向きな展望を与えてくれるものでした。

Amazon Prime会員の方はKindle版は現在無料で読めるようなので、お時間がある方はぜひ。
ではでは〜


Pen (ペン) 「特集:捨てない。」〈2021年10月号〉 [雑誌]