レス・ウェイスト・ゲーム

ゴミと無駄を減らして身軽に自由に。ものぐさライフログ。

灯りのない夜に

停電、断水、虫喰い、雨漏り。
思い返すとそういう不便も、むかしはもう少し、日常と距離の近い非日常だった気がする。


わたしは、昭和生まれといっても、ほとんど平成との端境のような頃の生まれだけれど、なにせお金がなかったから、まわりを取り囲んでいた「もの」の記憶は、同年代よりいくらか古めかしいところがある。

テレビはカラーで、洗濯機は全自動。
だけど電話はダイヤルをジーコジーコと回す黒電話。
毎日学校から帰ると、オートロックもエレベーターもない4階の部屋まで駆け上がって、家の鍵を忘れた日なんかは、こっそりとヘアピンで開けて中に入ることもあった。
(見つかると怒られるから、親にはナイショだったけど)

シャワーや、ひねるとお湯の出る蛇口なんてなかったから、お風呂は水を溜めてガスで沸かす。
ボロい湯沸かしは点火にコツが必要で、上手くいかなくて何分も格闘したこともあったな。
冷たい水で顔を洗う気になれない寒い冬の朝は、台所でコンロにかけたやかんがシュンシュン湯気を上げるのを待って、火傷しないように気をつけながら、沸かしたお湯を洗面所に運んでいた。

ドライヤーを使うとブレーカーが落ちるから、夏場はよく、扇風機の前で髪が乾くのを待った。
理由もわからない急な停電で、ロウソクの灯りを頼りにお風呂に入ることもあった。


思い返すと、一つひとつの記憶は、ただただ懐かしい。
その頃はそれが当たり前で、日常だったから、不便でもなければ、嫌でもなかった。
まぁ、やっぱり面倒くさかったけど。笑

便利な今に慣れてからも、そういう気分はわたしの奥深いところに残っているみたいで、ときどき顔を出しては、「いま」に慣れ切った自分をそわっとさせる。


わたしの思考には昔から、ものごとを色づける「状態」と「性質」とを、常に頭の片隅で区別しておこうとしているようなところがある。

「状態」は、変化し得るものだ。

わたしは若い。
わたしは健康だ。
わたしは働いている。
わたしはここにいる。

どれもこれも、ただ今はそうであるという「状態」で、わたしと不可分の「性質」ではない。
いつだって、ひょっとすると明日にだって、変わり得るものだ。
でもそのことは、意識して覚えておかなければ、すぐに忘れてしまう。
わたしはつい、いつも、これまでずっと続いていたことは、これから先もずっと続くのだと思ってしまう。

それは、わたしが所有する「便利さ」についても言えることだ。

スマートフォン。
洗濯機。
お風呂。
あたたかい寝床。
居心地のいい部屋。

便利さはいいものだ。
快適さを手に入れたい、与えたいというプラスの欲求は、それ自体ちっとも悪いことじゃない。

でも、こういった便利さを所有していることが、いつでも変わり得る「状態」でしかないということは、きっと覚えておいた方がいい。
その便利さがないと「生きていけない」と、レトリックでも何でもなく、心底から思ってしまうのは、とても危うい、脆いことだ。
そんなのは、便利さを所有しているのではなく、便利さに所有されているのと同じだと思う。

手段との健全な付き合いというのはきっと、その有用性と自分とをきちんと分けておいて、自分の思う通りに手に取ることだけでなく、時には手に取らないことも、ちゃんと選び取れるような距離を保っていられることだと思う。


ゆうべ、ソネングラスの灯りに照らされながら思った。
昼間に太陽光で充電したエネルギーが尽きれば、この灯りは消える。
それって当たり前のことだ。
それなのに、そのことにちらりと不安や不便の種を見出してしまいそうな自分は、どうやらいつのまにか、中々にやっかいな価値観を刷り込まれてしまったのかもしれないぞ。
と。


現代の暮らしは、便利で、与えられがちで、何も考えないと無限のエネルギーを所有しているみたいに錯覚しそうになる。

コンセントに繋いでさえおけば、尽きることがないように思える電力は、どこかで有限の資源を費やして生み出されたもので。
ごみ袋に入れて収集所に置いておけば、どこへともなく吸い込まれて消えてしまうように見えるごみは、今日もどこかで炭酸ガスや有害物質を世界にばら撒いている。

自分で作ったエネルギーを光に変え、力尽きれば静かに消える。
そんなソネングラスとは全然違う。


去年の台風や地震で、大阪のインフラが破壊されたとき、「電力供給に頼らない灯りがほしい」と思って手にしたソネングラス
けれど、わたしがこの灯りに魅かれた理由は、本当はもう少し違ったところにあったのかもしれない。

台風も、地震もこわいけど。
そういったこと抜きに停電そのものを、子供の頃に感じたよりもっとずっと、こわいことのように感じてしまう自分が。
その感覚が、本当は一番こわいような気がしている。


いまも昔も、夜はただ夜で。
だから変わったものがあるならば、やっぱりそれは自分自身なんだろうな。



◇ ◇  ◇


非常時を意識する度、自分の暮らし方ってホント脆いな、とナイーブになります。

台風の被害に遭われた方々。
猛暑の影響もあると思いますし、どうかお身体気をつけて下さいね。
停電、断水続きで体調を崩される方が、危険に晒される方が、なるべく出ませんように。