レス・ウェイスト・ゲーム

ゴミと無駄を減らして身軽に自由に。ものぐさライフログ。

所要時間を知ると、家事はラクになる


はるか昔に友達に貸して忘れてた本が返ってきた。
そんな不意打ちにモジモジしていたら「ん? カオナシの真似?」と言われた本日。
……あれかな、なんか変な声漏れ出てたかな。

さておいて。
懐かしい本が手元に戻ってきました。
住生活アドバイザー すはらひろこさんの『1分片づけ術 即効かんたん便利ワザ120』。
コンビニでたまたま見かけて手に取った本だったけれど、汚部屋時代、これには随分助けられた。
出版されたのは、「ミニマリスト」という言葉が流行る以前の、2012年。
あの頃は、片づけ本というと、「整理術」中心のものが多かった印象だけれど、この本の内容は、いま見返すとどこかミニマリズムに通じるものがあるな、と感じる。

というわけで本日は、すはらひろこさんに教わった、片づけ下手のための片づけ心得。

目次

片づけ心得

ハードルを下げる

そもそも私がどれだけ根深い溜め込み魔で、どれだけやばい汚部屋住人だったか。
……そんなことを書きはじめたら無駄に長くなったので、まぁまた別の機会に。(誰が読むの)

ともあれこの本に出会った当時、私の部屋は散らかっていて、私は片づけたくてたまらなくて、けれど激しい散らかりっぷりを前に無力感に苛まれていた。
つまり、「片づけなきゃ」と思うことばかりで消耗して、具体的にはほとんど何もできていなかった状態。
あるよね〜。(ないって?)

そんな私を、文字通り「動かして」くれたのが『1分片づけ術』

「1分なら」と思ってコンビニで購入して。
「1分なら」と思うと、負担に感じず試してみることができた。
むしろ、新しいことを試すような気持ちで「どれからやってみようかな」とちょっとワクワクしていた。
実際にやってみて、「どうせ1分だし」とさほど期待もしていなかったから、得られた意外なスッキリ感が、なんだかすごく嬉しかった。
何より、「なんだ、私もやればできるんじゃん」と思えた。

そんなささやかな成功体験が、不思議なほど身も心も軽くしてくれて。
いつの間にか、どんどん片づけられるようになっていったんです。びっくり。

「1分片づけ術」に書かれていたのは、どれもすぐには効果の出なさそうな、小さなことばかり。

  • テレビの前に散らばったDVDを整理する
  • 脱いだままの服は1箇所にまとめる(洗う、とか畳む、じゃなくて!?)
  • いらないチラシを断る
  • 片づかないものをカゴに放り込む(片づけるんじゃなくて!?)

なんというか、とても「片づけられない人」目線
「綺麗に収納する」というレベルのずっと手前で足踏みしている人が、「これならできる!」と思える、低いハードルをいくつも設定してくれていて。
でも跳んでみたら意外とスッキリ感が得られるから、それがブースターになって、もうちょっと片づけてみよう、と思える。

片づけのノウハウを教えてもらうよりもまず、片づけのスタートラインに立たせてもらうことが必要な人の、味方になってくれる本。
かつての私向きの、良い本でした。

「モノ」中心ではなく「ヒト」中心に

それから、ものを減らすことの大切さを学べたのも大きかった。
使っていないもの、古くなったものをきちんと処分することや、1 in 1 outの法則など、断捨離やミニマリズムが知られるようになった今では当たり前の考え方だけれど、その当時はとても新鮮だった。

特に、それまでの片づけ本で「隙間をくまなく活用できるのが収納上手!」という考え方を刷り込まれていたので、「余白を残す」ということには、はじめとても驚いて。
でも、取り入れるほどに、なるほど心地よい、と納得。

いかに多くのものを収納できるか、ではなくて、いかに心地よい空間をつくるか。
いかに綺麗に暮らすかではなくて、いかに気分よく暮らすか。

「モノ」ではなくて「ヒト」が、当たり前に暮らしの中心に据えられている感じに、あたたかな親しみやすさを感じたのを覚えている。

はじめられれば終えられる

そんな感じで、決して大きな変化を期待していたわけではなかったのに、最終的にわが家は、とてもすっきりと片付いた。

洗いものが溜まっているのが当たり前だった流し台は、いつも綺麗な状態に。
無秩序に脱ぎ散らかされていた服は、自然と定位置ができ。
部屋の中に散らかしたままになっていた、空きペットボトルや、お菓子の包み紙も、床の上から消え。
いつの間にか、片づいているのが当たり前になった。

コーヒーカップをひとつ洗うことも、脱いだ服を洗濯機に放り込むことも、食べ終わったお菓子の包みをゴミ箱に入れることも、どれもすぐにやってしまえば1分もかからないような、小さなこと。
でも、そういう小さなことの積み重ねが整った暮らしを作るんだ、と、実感した。

そして、実際に部屋が片づいたことは、とても嬉しいことだったけれど。
始めることができれば、そして、続けていくことさえできれば、ちゃんと終えることができるんだ。と教えてもらったことが、一番大きかったかもしれない。
「1分」というキラーワードをきっかけにした小さな行動も、続けていけば、大きな変化をもたらす。

その経験は、その後の私を随分と前向きにしてくれた。

完璧じゃないことを受け入れる

それからもうひとつ。

掃除も、洗濯も、洗い物も。
「未片づけ」負債の山を作っていた当時の私はどれも、「面倒くさい」「時間がもったいない」ことだと思っていた。
それは、目の前の山が大きすぎたせいもあるんだけど、「はじめたら完璧に終えないといけない」と、どこかで思い込んで自分を縛りつけていた完璧主義のせいでもあるんだと気づいた。

  • 手をつけられるところからはじめればいい
  • 時間切れになったら、途中で放り出してもいい

具体的な1分間のついで片づけ、スキマ片づけのアイディアと、その間に散りばめられた「気負わなくていいんだよ」というメッセージは、とても気持ちを楽にしてくれた。
そのお陰で何度でも、私はスタートラインに立つことができた。

そして今

部屋は散らかりにくくなったけれど、生来のものぐさ気質は、そう簡単には変わらない。
だからいまも、自分の中の面倒くさがり屋が顔を出す度、心の中で自分に呼びかける。

「面倒くさいっていうけど、これ、何分の作業よ?」

日々の営みのほとんどは、はじめてしまえば5分もかからないような、小さな作業の積み重ね。
仮にもっと時間がかかるものだったとしても、こう声をかければどうってことない。

「じゃ、1分だけやろうかな」

考えあぐねる自分の外に一歩踏み出すきっかけを持つと、人生は随分と生きやすくなる。
大袈裟なようだけど、片づけにまつわる悲喜交々は、そんなことを私に教えてくれたのでした。